Luke

アクセスカウンタ

zoom RSS 平安仏教について

<<   作成日時 : 2009/02/09 13:06   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 1

凡人の日本人にとって、平安時代の仏教は二つの宗派によって支配されたのである。言うまでもなく、その二つは真言宗と天台宗とされている。しかし、平安仏教なら、実は三つの権力のある仏教制度が見える.一つは東寺中心の真言宗だと言える。879年に真言宗は2派に分裂してきたが、919年に朝廷によって、一つにされてしまった。しかし、天台宗と言えば、2派だと考えなければならないでしょう。

もちろん、比叡山の延暦寺中心の山門という宗派がありますが、それに、日本以外であまり知られていない園城寺すなわち三井寺も権力の座にあるのとして存在していたのである。山門の側に置くと、三井寺は寺門と呼ぶことがある。

平安時代中、延暦寺と東寺の関係がたびたび緊張する同時に、山門すなわち延暦寺は寺門と何回も激しく対決してしまった。例えば、993年に延暦寺と園城寺は僧兵を使って、互いを攻撃した。この紛争の理由は教義的な問題じゃなくて、権力闘争だった。言うまでもなく、世界中、どこでも、また、いつでも見れば、同じような問題を見えるだろう。

それでは、何ゆえ天台宗という仏教派は二つの宗派に分裂してなったかと言えば、やはり込み入った事情である。大変おもしろいですが、今から他のクラスのために、「渓嵐拾葉集」という本文をよまなければならいので、ここで終わります。



月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
平安時代中延暦寺と東寺の紛争に見ると、イランという中東諸国の戦争を思い出しました。教義的な問題じゃなくて、権力闘争だそうです。私の意見はLukeさんと同じです。「どこでも、また、いつでも見れば、同じような問題を見えるだろう」という意見は私もそう思います。
シンティン
2009/02/11 02:08

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
平安仏教について Luke/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる